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東京地方裁判所 平成3年(刑わ)2129号 判決 1992年4月21日

主文

被告人を懲役七年に処する。

未決勾留日数中一五〇日を刑に算入する。

通知預金質権設定承諾依頼書一通(平成四年押第三九号の1)、質権設定承諾依頼書一通(同号の2)、質権設定承諾依頼書(預金用)一通(同号の3)、質権設定承諾書一通(同号の4)中の各偽造部分を没収する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、当時、株式会社埼玉銀行(合併により現商号株式会社協和埼玉銀行、以下「埼玉銀行」という。)の東京営業部次長(平成三年三月一八日以降は同行事務管理部事務集中課主任調査役)として、顧客からの情報収集及び営業開発などの業務に従事していたものであるが、

第一  埼玉銀行の取引先で自動車の輸出入、販売及びゴルフ場の開発等を業とする甲野物産株式会社(現商号乙野株式会社、以下「甲野物産」という。)の代表取締役Bと共謀のうえ、

一  平成三年一月二二日ころ、東京都中央区京橋一丁目三番一号所在の埼玉銀行東京営業部から、東京都千代田区《番地省略》所在の金融業乙山株式会社(以下「乙山」という。)融資営業部長代理Cに対し、被告人が電話をかけて、「この前の甲野物産の話ですが、預担で二〇億円を融資してもらえないでしょうか。」などと言って甲野物産への二〇億円の融資を申し込むなどして、甲野物産名義で乙山から借り受ける資金をいったんは埼玉銀行に定期預金として預け入れるものの、真実は、その預金について埼玉銀行が乙山のために質権設定承諾手続をとることはなく、後にこれを解約して甲野物産の他からの借入金の返済などにあてる意図であるのに、これを隠し、あたかも乙山のための右定期預金に対する質権設定を埼玉銀行において承諾し、したがって、右貸付金については確実な預金担保が供されその回収が確実であるかのように見せかけ、Cらにそのように思い込ませて、同月二五日、Cに、住友信託銀行株式会社東京営業部の乙山名義の当座預金口座から埼玉銀行東京営業部の甲野物産名義の普通預金口座に、二〇億円から利息三二二一万九一七八円を天引きした一九億六七七八万〇八二二円を振込送金する手続をさせ、同日まもなく右東京営業部に甲野物産名義の預金として入金させて、右同額の預金債権を取得し、もって財産上不法の利益を得た。そして、右入金の事実を確認のうえ、引き続き同所において、行使の目的で、権限がないのに、被告人が、質権の対象を埼玉銀行東京営業部発行・甲野物産名義の金額二〇億円の定期預金、質権設定者を甲野物産、質権者を乙山とする質権設定承諾依頼書の下欄の「上記定期預金に対する質権設定を異議なく承諾致しました。」との記載のある文面に、「東京都中央区京橋1丁目3番1号株式会社埼玉銀行東京営業部取締役部長D」と刻した記名印を自ら押捺し、更に情を知らない同営業部職員に「東京営業部長」と刻した丸印を押捺させて、埼玉銀行東京営業部取締役部長D名義の質権設定承諾書一通を偽造し、その場で、Cに対し、これを真正に成立したものとして交付して行使した。

二  同年二月二五日ころ、東京都豊島区《番地省略》所在の丙山ビル内甲野物産会長室から、同都新宿区《番地省略》所在の金融業丁川興産株式会社(以下「丁川興産」という。)営業担当第二部長Eに対し、Bが電話をかけて、「福島県相馬のゴルフ場の関係で残高証明が必要なので、二〇億を貸してもらいたい。担保は、埼玉銀行東京営業部に通知預金を設定するから。」などと言って甲野物産への二〇億円の融資を申し込み、更に、翌二六日ころ、埼玉銀行東京営業部において、前記所在の丁川興産事務所から質権設定承諾の意思につき確認の電話をしてきたEに対し、被告人が、甲野物産名義の二〇億円の通知預金に対する質権設定を承諾する旨返答するなどして、甲野物産名義で丁川興産から借り受ける資金をいったんは埼玉銀行に通知預金として預け入れるものの、真実は、その預金について埼玉銀行が丁川興産のために質権設定承諾手続をとることはなく、これを解約して甲野物産の運転資金などにあてる意図であるのに、これを隠し、あたかも丁川興産のための右通知預金に対する質権設定を埼玉銀行において承諾し、したがって、右貸付金については確実な預金担保が供されその回収が確実であるかのように見せかけ、Eらにそのように思い込ませて、同月二八日、Eに、同都新宿区西新宿二丁目六番一号所在の足利銀行新宿新都心支店の丁川興産の普通預金口座から埼玉銀行東京営業部の甲野物産名義の普通預金口座に、二〇億円から利息及び事務手数料合計二六〇三万一五〇六円を天引きした一九億七三九六万八四九四円を振込送金する手続をさせ、いったん、埼玉銀行の板橋地区センターにこれを入金させたうえ、同日午後二時過ぎころ、同行東京営業部に甲野物産名義の預金として入金させて、右同額の預金債権を取得し、もって財産上不法の利益を得た。その間の同日午前一一時ころ、同行東京営業部において、前記板橋地区センターへの入金事実を確認したうえ、行使の目的で、権限がないのに、被告人が、質権の対象を埼玉銀行東京営業部発行・甲野物産名義の金額二〇億円の通知預金、質権設定者を甲野物産、質権者を丁川興産とする通知預金質権設定承諾依頼書(平成四年押第三九号の1)の下欄の「上記通知預金に対する質権設定を承諾いたしました。」との記載のある文面の質権設定承諾者欄に、「東京都中央区京橋1丁目3番1号株式会社埼玉銀行東京営業部取締役部長D」と刻した記名印を自ら押捺し、更に情を知らない同営業部職員に「東京営業部長」と刻した丸印を押捺させて、埼玉銀行東京営業部取締役部長D名義の通知預金質権設定承諾書一通を偽造し、その場で、丁川興産財務第二課長Fに対し、これを真正に成立したものとして交付して行使した。

三  同年三月二五日、埼玉銀行東京営業部において、甲野物産が乙山から融資を受けた前記一記載の二〇億円の借り替え手続をするに際し、行使の目的で、権限がないのに、被告人が、質権の対象を埼玉銀行東京営業部発行・甲野物産名義の金額二〇億円の通知預金、質権設定者を甲野物産、質権者を乙山とする質権設定承諾依頼書(同号の2)の下欄の「上記預金に対する質権設定を異議なく承諾いたしました。」との記載のある文面に、情を知らない同営業部職員に「東京都中央区京橋1丁目3番1号株式会社埼玉銀行東京営業部取締役部長D」と刻した記名印を押捺させ、更に「東京営業部長」と刻した丸印を自ら押捺して、埼玉銀行東京営業部取締役部長D名義の質権設定承諾書一通を偽造し、その場で、Cに対し、これを真正に成立したものとして交付して行使した。

第二  埼玉銀行の取引先で不動産の売買、賃貸、仲介等を業とする株式会社丙川(以下「丙川」という。)の代表取締役Gと共謀のうえ、

一  同年三月一八日、東京都港区《番地省略》所在の株式会社甲田ファミリーにおいて、金融業株式会社戊原(以下「戊原」という。)本店融資第一部融資第一課調査役Hに対し、Gが、「埼玉銀行に三〇億円の預金協力をしたいんですが、お宅から預担で融資をお願いします。」などと言って丙川への三〇億円の融資を申し込み、更に、翌一九日ころ、埼玉銀行東京営業部において、東京都中央区《番地省略》甲川ビル九階の戊原本店から質権設定承諾の意思につき確認の電話をしてきたHに対し、被告人が、「Gさんからそのような話は聞いています。お宅でやっていただけるのならありがたいんですけど。」などと言って、丙川名義の三〇億円の預金に対する質権設定を承諾する旨返答するなどして、丙川名義で戊原から借り受ける資金をいったんは埼玉銀行に定期預金として預け入れるものの、真実は、同預金について埼玉銀行が戊原のために質権設定承諾手続をとることはなく、これを解約して丙川の他からの借入金の返済などにあてる意図であるのに、これを隠し、あたかも戊原のための右定期預金に対する質権設定を埼玉銀行において承諾し、したがって右貸付金については確実な預金担保が供されその回収が確実であるかのように見せかせ、Hらにそのように思い込ませて、同月二二日、Hに、埼玉銀行東京営業部において、同営業部の戊原名義の当座預金口座から同営業部の丙川名義の普通預金口座に、三〇億円から四九四三万〇一三六円を天引きした二九億五〇五六万九八六四円を振込入金させて右同額の預金債権を取得し、もって財産上不法の利益を得た。そして、そのころ、Hの右入金手続と並行して、埼玉銀行東京営業部において、行使の目的で、権限がないのに、被告人が、質権の対象を丙川名義の金額三〇億円の定期預金、預金者(質権設定者)を丙川、質権者を戊原とする質権設定承諾依頼書(預金用)(同号の3の表面)の下欄の「上記の件承諾しました。」との記載のある文面の第三債務者欄に、「東京都中央区京橋1丁目3番1号株式会社埼玉銀行東京営業部取締役部長D」と刻した記名印を押捺し、更に情を知らない同営業部職員に「東京営業部長」と刻した丸印を押捺させて、埼玉銀行東京営業部取締役部長D名義の質権設定承諾書一通を偽造し、その場で、Hに対し、これを真正に成立したものとして交付して行使した。

二  同月一四日、東京都港区《番地省略》所在の金融業丁原リース株式会社(以下「丁原リース」という。)融資営業部課長Iに対し、Gが、電話をかけて「埼玉銀行に協力預金をしたいので、これを預担で借りたいんです。話は埼玉銀行のAという次長につけてあって了解をとっています。」などと言って丙川への一〇億円の融資を申し込み、更に、同日、埼玉銀行東京営業部において、前記所在の丁原リース本店から質権設定承諾の意思につき確認の電話をしてきたIに対し、被告人が、「Gさんからそのような話は聞いています。お宅でやっていただけるのならありがたいんですけど。」などと言って、丙川名義の一〇億円の預金に対する質権設定を承諾する旨返答するなどして、真実は、丙川名義で埼玉銀行に設定する金額一〇億円の定期預金について埼玉銀行が丁原リースのために質権設定承諾手続をとることはなく、これを解約して丙川の運転資金などにあてる意図であるのに、これを隠し、あたかも丁原リースのための右定期預金に対する質権設定を埼玉銀行において承諾し、したがって右貸付金については確実な預金担保が供されその回収が確実であるかのように見せかせ、Iらにそのように思い込ませた。その結果、同月二五日埼玉銀行東京営業部において、Iに、一〇億円から利息二四二〇万五四七九円を天引きした九億七五七九万四五二一円の、埼玉銀行東京営業部の丁原リース名義の当座預金口座から同営業部の丙川名義の普通預金口座への振込を依頼する旨の振込依頼書を交付させ、その振込依頼書に基づき、被告人が直ちに振込入金手続を行うとともに、その際引き続き、同所において、行使の目的で、権限がないのに、被告人が、質権の対象を丙川名義の金額一〇億円の自由金利型定期預金、質権設定者を丙川、質権者を丁原リースとする質権設定承諾書(同号の4の右半面)の末尾に、情を知らない同営業部職員に「東京都中央区京橋1丁目3番1号株式会社埼玉銀行東京営業部取締役部長D」と刻した記名印を押捺させ、更に「東京営業部長」と刻した丸印を自ら押捺して、埼玉銀行東京営業部取締役部長D名義の質権設定承諾書一通を偽造したうえ、その場で、Iに対し、これを真正に成立したものとして交付して行使した。前記振込手続の結果、翌二六日、埼玉銀行東京営業部の丙川名義の普通預金口座に前記九億七五七九万四五二一円を入金させて右同額の預金債権を取得し、もって財産上不法の利益を得た。

(証拠)《省略》

(法令の適用)

罰条

第一の一ないし三及び第二の一、二の各行為のうち、有印私文書偽造の点につき、いずれも刑法六〇条、一五九条一項、同行使の点につき、いずれも刑法六〇条、一六一条一項、一五九条一項

第一の一、二及び第二の一、二の各行為のうち、詐欺の点につき、いずれも刑法六〇条、二四六条二項

科刑上一罪の処理

第一及び第二の各一、二のそれぞれにつき、有印私文書偽造と同行使は、刑法五四条一項後段により一罪として処断すべき場合であり、詐欺と偽造有印私文書行使とは、いわゆる包括一罪の関係にあるから、同法一〇条により結局詐欺・有印私文書偽造・同行使を一罪として、いずれも最も重い詐欺罪の刑(ただし、刑の短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)で処断する。

第一の三の有印私文書偽造と同行使は、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑により処断する。

併合罪加重

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(刑及び犯情の最も重い第二の一の一罪の刑に法定の加重をする。)

未決勾留日数の算入

刑法二一条

没収

刑法一九条一項一号、二項本文(平成四年押第三九号の1、2、3及び4の各偽造部分は、順次第一の二、三及び第二の一、二の各偽造有印私文書行使の犯行を組成した物として没収する。)

(第一及び第二の各一、二について、詐欺と偽造有印私文書行使をいずれも包括一罪と認めた理由)

本件の偽造した各質権設定承諾書の行使は、いずれも各詐欺における被害者の処分行為の後に行われており、中には詐欺の既遂後になされたものも存することからも明らかなように、これらが詐欺罪の手段になっているとはいいがたく、牽連犯の関係にあるものということはできない。

しかし、本件においては、各預金に対する質権の設定は融資の必須の条件となっていて、銀行がこれを承諾しないのであれば直ちに融資は取り消される関係にあるから、その承諾を内容とする偽造有印私文書の行使と詐欺とは、本来同時的・一体的に行われることが予定されているものといえること、現に、両者は時間的・場所的にも並行・近接して行われていることからすると、両者は、科刑上一罪としての包括一罪の関係にあると解するのが相当である(最高裁判所昭和六一年一一月一八日第一小法廷決定・刑集四〇巻七号五二三頁参照)。

(量刑事情)

一  犯行に至る経緯

1  本件各犯行の発端

被告人は、昭和四九年四月埼玉銀行に入行し、同六一年八月から麹町支店勤務となり、同六三年四月から新規取引先の開拓等の業務に従事し、顧客の新規獲得その他において目覚ましい業績をあげ、部内で高く評価されていたが、業績向上に急な余り、顧客の中には、いわゆる当時の土地ブームの下で、経営内容に問題のある企業等が含まれる結果となった。

昭和六二年一一月ころ、被告人は、戊田グループ(Jを中心とする同族の企業群)に対し、韓国でのゴルフ場開発事業による収益を見込んで、麹町支店から約三七億円の融資を行い、その後も融資を拡大していったが、韓国に持ち出した多額の資金が法規制の関係で国内にはほとんど持ち帰れないことが判明した。そこで、同グループは、右借入金返済の原資を捻出するために空気清浄器の特許を有していた株式会社乙原に億単位の投資を始めたが、右乙原の事業が振るわず、約二〇億円の簿外債務の存在が新たに発覚するなどして、更なる資金投下を続けざるを得なくなったため、同グループは金利負担により苦しい財政状況に陥り、平成元年夏ころにおける麹町支店の戊田グループに対する融資額は、系列ノンバンクを含めると約七〇億円に上っていた。

他方、被告人は、昭和六三年九月、Kから、「昭和四五年ころに静岡市内の宅地造成の許可を得た丙田興発株式会社を、Lが買収して右宅地造成を再開しようとしており、埼玉銀行がKに融資してくれるなら丙田興発に転貸の形で投資したいが、右事業は投資に値するものか。」などと相談を受け、麹町支店から直接の融資はできないものの、右事業の見通し自体に問題はないと判断し、被告人の判断を信じたKは、麹町支店からの融資金一億三〇〇〇万円の丙田興発への転貸に踏み切った。ところが、右宅地造成は、当初の見通しと異なり、計画変更を余儀なくされ、着工が大幅に遅れてしまい、他からの融資も思うように得られなかったため、被告人は、右事業を維持するため、Kをして転貸の形での丙田興発への追加融資を続けさせた。

このような状況の中で、平成元年夏ころ、被告人は、資金繰りに苦しむLを支えるために、自らが借り主となって戊田グループから一〇〇〇万円を借り入れ、これをLに貸し付けた。以後、被告人は、資金需要の旺盛な相当数の取引先を相手にして、一時的に資金が余っている取引先から被告人名義で資金を借り受けては、これをひっ迫している取引先に融通することを頻繁に繰り返すようになり、被告人を中心とする、いわば裏金融ネットワークを形成・運営するようになった。

2  Bとの関係等

被告人は、麹町支店時代の実績が高く評価され、平成二年四月、東京営業部次長に抜擢されて、取引先顧客からの情報収集及び営業開発担当の業務等に従事することとなった。被告人は、そのころから複数のゴルフ場開発を手掛けていた甲野物産の会長Bと親しくなったが、Bが、ゴルフ場開発が一つでも成功すれば会員権販売によって莫大な収益が上がり、被告人にも余剰資金を回すことができる旨述べたため、L、戊田グループの債務返済に苦慮していた被告人は右Bの言を信じ、同年五月ころ、Bの要請に応じて裏金融により一〇〇〇万円を甲野物産に融資した。当時の甲野物産は、本業である自動車の輸入・販売が芳しくなかったにもかかわらず、海外投資やゴルフ場開発等無謀な事業拡大を図ったため、毎月数千万の営業損失が生じる状況になっていたが、被告人は粉飾決算書類によって右実情を知らないまま、以後、甲野物産を裏金融の一員に組み入れて、Bの融資要請に応えていった。

平成二年一一月一五日、甲野物産はゴルフ場開発の関係で預金残高証明書が必要となり、株式会社不動産ローンセンターからいわゆる預金担保貸付の方法による二〇億円の融資を受けたが、甲野物産に対する自行からの融資実現を望んでいた被告人は、上司に対して甲野物産の財政状態を実際以上に良く見せるため、右二〇億円の融資金を原資とする通知預金について質権設定の登録手続をとらなかった。そして、同月二六日、被告人は、戊田グループの三億円の債務の返済に困り、不動産ローンセンターの融資の担保であって取り崩すことが許されないはずの右二〇億円の通知預金を解約し、約五億三〇〇〇万円を流用するに至った。

右二〇億円については、被告人が流用相当分をいわゆる町金融業者から借り入れていったん全額を返済し急場をしのいだものの、今度はその五億円強の借入金の返済に迫られて、一二月七日、本件と同じ手口で丁川興産から資金調達を図った。

Bとの共謀については、まず、平成二年一二月一〇日、甲野物産会長室において、預金操作をしているとだけ告げて、預かっていた甲野物産名義の普通預金通帳をBに示し、更に、同月一三日夜、池袋のパブで同席した際、質権設定の登録をしないこと、質権設定承諾書は部長に内緒で部長印を使って作成することなどをBに説明し、ここに共謀が成立した。

その後もやはり預金を解約して流用した金の返済に迫られ、同じ手口により、一二月二五日及び翌三年一月一八日の二回にわたってノンバンクである丁野及び丁川興産から資金調達を図った後、その返済の必要もあって本件第一の各犯行に及んだ。

3  Gとの関係

被告人は、丙川の社長Gと平成二年一二月に知り合ったが、当時の丙川は、少なくとも五〇〇億円程度の債務について金利を負担していたうえ、不動産業ということで総量規制により融資が思うように得られず、資金繰りが非常に苦しい状態にあった。Gは、被告人に対し、相手方は問わないから融資先を斡旋してくれと懇願してきたので、被告人は町金融にまで当たったが融資は得られなかった。

そこで、被告人は、甲野物産と異なり丙川は多数のノンバンクと取引関係を有していたため、丙川名義で甲野物産と同様の詐欺行為を行えば、相手方ノンバンクの選択に困ることもなくなり、Gのみならず、B、Lや戊田グループの資金繰りにも資金を回しやすいと考え、まだ知り合って間もない一二月二五日、東京営業部応接室において、当座の資金融資を求めてきたGに本件手口を説明し、ここに共謀が成立した。

そして、平成四年一月一八日及び同月三一日の二回にわたり乙山から資金調達を図った後、その返済の必要もあって本件第二の各犯行に及んだ。

二  特に考慮した事情

1  本件各犯行の態様・結果等

本件各犯行は、いわゆるバブル経済期に、複数の大手都市銀行を舞台として敢行された巨額不正融資事件の一部をなすものであるが、有力な都市銀行において業績をあげ、相当高い地位にあった銀行員が、銀行に寄せられる高い信頼を悪用して自ら犯罪に手を染め、銀行に対する社会一般の信用を失墜させたものであって、その社会に与えた衝撃の大きさは計りしれない。

その態様を見ても、前記認定のとおり、いわゆる協力預金等の名目のもと、ノンバンクに預金担保貸付の方法による融資を申し込み、被告人が口頭で質権設定を承諾する旨告げるのみならず、更に質権設定承諾書を偽造のうえ、これを交付してまでノンバンクをだまし続け、多額の金を取得している。銀行外部に在ってその内部手続を知らず、かつ、埼玉銀行に絶大な信頼を寄せているノンバンク側からすれば、何ら疑いを抱きようのない巧妙な方法によって計画的に遂行されたものであって、悪質な犯行といわざるを得ない。

被害額も合計約八〇億円に上り、一連の巨額不正融資事件を除けばほとんど類を見ない莫大なものである。

2  被告人自身の役割等について

(1) 本件犯行の手口は全て被告人が考案してB・Gらに提示したものであること、各詐欺の本質的部分は、ノンバンクに対し、融資先名義の預金に対するノンバンクの質権設定を埼玉銀行東京営業部が承諾するものと誤信させる点にあるところ、質権設定を承諾する旨の欺罔は外部者には到底なし得ないものであり、各詐欺行為において被告人の果たした役割は極めて重要であること、質権設定承諾書の偽造・行使の実行行為も全て被告人が担当していることなどからすれば、被告人が本件各犯行の首謀者であり、かつ、主犯であることは明らかである。

(2) 被告人は、前述のとおり、裏金融のネットワークを一人で運営し続けており、かかる社会常識を逸脱した行為を繰り返すうちに健全な感覚を失って、ついには本件各犯行にまで至ったものと思料される。銀行員という地位に伴う社会的責任や倫理についての自覚が足りなかったというほかない。

(3) だまし取った資金の使途については、L・Kなど、B・Gには無関係な被告人個人の融資先に約一五億円が費消されている。また、戊田グループ関係(乙原を含む。)に費消された約二〇億円については、そのうちの数億が実質上甲野物産に流れているとしても、その大半は長期にわたって戊田グループに融資し続けてきた被告人側の事情により生じた用途に費消されたものと評価できる。

(4) 被告人には莫大な被害を弁償する資力はもとよりなく、共犯者らにおいても被害の回復はなされておらず、その補填は、結局銀行により行われざるを得ない状況にある。

3  本件各犯行の動機

ところで、本件各犯行の背景・契機としては、右に見たとおり、銀行員としては到底許されない裏金融を行うことによって、自己の開拓した顧客を支えようとし、それにより銀行の損害を防止するとともに、自己の失策が表面化しないようにしたことを指摘することができる。確かに、その過程で、顧客から金を借りて自己の私的用途にあてたものも一部あるものの、少なくとも被告人の認識においては、それによる資金操作の大部分は、顧客の資金繰りを支えたり、返済を可能にさせるための事業資金を捻出するものであった。そして、顧客の倒産を食い止めるために更に資金が必要になるなどして次第に深みにはまり、決済しなければならない資金額はますます増大するばかりとなり、こうした裏金融により生じた債務の穴埋めをするには、甲野物産のゴルフ場開発、丙田興発の宅地造成といった大型事業の成功を頼みとする結果となり、それがますます融資額を増大させるという悪循環に陥り、それまでの資金繰りをなんとかしようとの意図のもとにつなぎ資金を調達していこうとしたが、ついにその決済資金の調達ができなくなって、結局本件の各犯行に及んだものである。すなわち、本来許されないことを行った結果ではあるが、被告人としては、前記の事業の完成による解決に期待を託して資金繰りを続けるなかで泥沼にはまり込んでいったこと自体は否定しがたく、通常の詐欺のようにだまし取った金を自己の利得としようとする事案とは明らかに異なる点で、動機になお酌量の余地がある。

4  被告人に有利な他の事情について

被告人が述べる本件各偽造の際の他の役席者の言動には必ずしも釈然としない点があるが、それはともかくとして、当時の埼玉銀行においては、本件のごとき不正行為に対する監視体制は非常に緩やかであって、定められた手続を厳格に遵守するか否かは専ら個々の行員のモラルに委ねられていたのが実態と認められる。そして、他の都市銀行においてもほぼ同時期に同種手口の巨額不正融資事件が頻発していることからすると、いわゆる土地開発ブームを主体とするバブル経済期においては、多くの銀行管理者が、銀行のあるべき姿を忘れて内部の監視体制をおざなりにし、営利追求を第一の目標に掲げて行員を指導していたことが窺われるのであって、このような状況が、本件各犯行の一つの大きな誘因になっているものと考えられる。こうした事情を離れ、被告人のみに重い責任を問うことは相当とはいいがたい。

更に、各ノンバンクの損害については協和埼玉銀行が責任を持って弁済することがほぼ確実に見込まれるから、経済的な損失を負うのは結局協和埼玉銀行ということになる。したがって、右管理指導体制の誤りは、実質上の被害者に落ち度が存するという意味においても、被告人に有利に働く事情である。そして、本件によってだまし取った金のうち、被告人の私的な用途にあてた部分は、全体の金額からすればわずかなものにすぎない。

また、被告人は確かに本件の首謀者であり主犯であるが、犯行に至る経緯や犯行前後の状況を全体的に観察すれば、L、戊田グループ、Bらによって利用された面もないとはいえない。

その他、被告人には全く前科がないこと、捜査初期の段階から事実関係を全て認め、公判での供述態度からも、本件を十分に反省・悔悟していることが認められる。

三  結論

以上に掲げたほか、本件公判に現れた諸事情を総合考慮し、被告人を主文の刑に処するのを相当と判断した。

〔検察官新井克美、同千葉守、弁護人若梅明、同松戸勉、同大橋毅公判出席。求刑 懲役一〇年〕

(裁判長裁判官 小出錞一 裁判官 加藤就一 安東章)

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